部屋という楽器
スピーカーという道具は、いつまで今の形を保ち続けるのだろう。箱の中に音を閉じ込め、そこから正確に取り出すという考え方は、長いあいだ家庭用オーディオの中心にあった。けれど私は最近、少し違う方向に心を惹かれている。
いま使っているのは、自作の小さなオープンバッフル風スピーカーである。木の板にユニットを取り付け、背面を大きく開いた素朴な構造だ。密閉された箱の力強さとは違い、音は部屋の中へふわりと広がる。声や弦楽器の表情が、輪郭だけでなく、空気の揺れとして立ち上がる。
さらに部屋には、音を拡散させるディフューザーと吸音材を置いた。響きを殺すのではなく、散らし、整え、少しだけ余韻を残す。そうすると、スピーカーだけが鳴っているのではなく、部屋全体が音楽に参加してくる。小さな自室が、ふと東京文化会館の客席のように感じられる瞬間がある。
好んで聴くのは、古い時代のオペラや管弦楽である。後期ロマン派の名残を引きずり、指揮者が時に大胆に歌わせ、時に崩れるほど自由に表現する演奏。現代の整った録音にはない、人間くさい揺れがある。オープンバッフルの広がりの中では、その細かな息づかいや間合いまで、生演奏に触れるように理解できることがある。
音楽を聴くとは、装置を鳴らすことではなく、空間を鳴らすことなのかもしれない。
そう思いながら、今日も木と音と部屋に向き合っている。
翁川芳明