「石橋を叩けば渡れない」
「石橋を叩いて渡る」という諺が有ります。「堅固な石橋を叩いて、堅固さを確かめてから渡る。用心の上にも用心するたとえ。」と広辞苑に書かれています。広辞苑の記述を見る限りでは、石橋を叩いて渡る行為にマイナスの評価は無さそうですが、「石橋を叩けば渡れない」という題名の本を書かれた西堀栄三郎(にしぼりえいざぶろう)博士によれば、「石橋を叩いていたら橋は渡れないよ!」と言われてしまい、評価されない行為になります。
「石橋を叩けば渡れない」という題名の本で、西堀博士の言わんとするところは、完璧に準備を整えてから行動を開始するなどということは不可能だから、或る程度の準備が出来たら、先ずは行動を開始して、その後発生する問題には臨機応変に対処して物事を進めようということです。
つまり、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という諺に近い行為になりますが、ただ闇雲に虎穴に入れば親虎に食い殺されてしまいますから、予想される危険については事前に準備を尽くした上で取り掛かろう、という事ではあります。「猪突猛進」を勧めている訳ではありません。目的は虎児を得ることですから、場合によっては虎穴に入らないで済む方法も有るかもしれません。これが臨機応変です。
世の中には、出来ない理由を縷々述べて行動に移さない人が一定数います。だれが聞いても納得できる理由がある場合も有りますが、中にはやりたくないからただ単に出来ない理由を尤もらしく言っていると感じる場合も有ります。個人的な印象ではありますが、人の評価を減点法で行う組織には、このような態度が多いと感じます。出来なかったときに、責任を負わされたくないという気持ちをヒシヒシと感じます。
姿勢として大切なことは、出来ない理由を探して何もしないことでは無く、良いと思ったことはやると決めて、どうすればそれが出来るようになるのか考えるという事だと思います。
西堀博士の本を読んで以来、私の行動は多少変わったようです。変わったと断定できないのは、常にそのようにはなっていないのかなという事を感じるからです。
私が、資格を取得してサラリーマン生活を切り上げて、後は元気が続く限り仕事をしようと思い立ち、60歳前に退職しました。実は、この時まだ何の資格も取得出来ていなくて、その後勉強をして紆余曲折の末に、60代半ばで行政書士事務所を開業しました。
石橋を叩いていたら、定年までサラリーマン生活を送っていたと思いますが、石橋を叩かずに早期退職してしまいました。どちらの人生が正解だったのかはまだ結論は出せていません。金銭面のことだけを考えると早期退職は赤字決算のように思えますが、生活の充実度等を考えると今の生活の方が圧倒的に黒字決算ではないかと思っています。
「これは良いよね。」と思ったら実行を決意しましょう。その後で実行方法を考えましょう。勿論実行できないという結論になることが多いと思いますが、このようにすると、人生かなり変わると思います。
それから、西堀博士の著書「石橋を叩けば渡れない」を是非読んでいただくことを勧めます。初版は1999年の本ですが、今も第2版が発行されていて、長く読み続けられています。非常に素晴らしい内容で、今でも色あせない内容です。巻末に元東海大学教授の唐津 一さんの文章が載っていて、この中で西堀博士のエピソードが紹介されていますが、そのスーパーマンぶりに吃驚するでしょう。
川田順一
【西堀栄三郎博士略歴】
明治36年 京都市に生まれる
昭和3年 京都帝国大学理学部卒業
昭和11年 京都帝国大学理学部助教授・理学博士
昭和11年 東京電気(現東芝)に入社、真空管の研究に従事
昭和18年 技術院賞受賞
昭和29年 デミング賞受賞
昭和32年 第l次南極越冬隊長として南極で越冬
昭和33年 日本原子力研究所理事
昭和40年 日本原子力船開発事業団理事
昭和47年 日本生産性本部理事
昭和48年 勲三等旭日中綬賞受賞
昭和48年 ヤルン・カン遠征隊長
昭和53年 ゴルカ・ダク・シン・バフー勲二等受賞
昭和55年 チョモランマ登山総隊長
昭和57年 日本工業技術振興協会会長
平成元年 没